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六甲3s
テレビを通じてしか分からないけれど、刻々と、その表情を変える被災地。
(分かるわけない、私もあの寒さや暗さ、そしてあの臭いは伝えられない)
少しずつ少しずつ、私もあの頃のことを思い出してしまっています。
せっかくだから、綴っておくことにしました。

ふと浮かんだのは、職場のひとつ年上の先輩だったHさん(男性)のこと。
当時、大阪の職場と、そこから50㎞の被災地/神戸とをバイクで行き来してた私は、
せっかくの土日も、「もの」で溢れている大阪に出る気持ちにはなれなくて、
その50㎞の差におかしくなりそうな気持ちに何か意味を与えるべく、
神戸で配給配布のボランティアなんかをしていました。
そんな私に、H先輩は「えらいね。頑張ってるね」とか仰ってくださっていましたが、
そのうち、
「君は、被災者でありながらボランティアまでしているのに、僕は何もできない」
「みんな、えらいよね。被災地の映像を見ると、申し訳なくなる」
と、だんだん自分を責めるような発言をし始めました。
それを耳にする私も、なんだかいたたまれない気持ちになりました。
私は、えらくもなければ、がんばってもいない。
そうすることでしか、あのときの自分の、解釈できないふわふわした気持ちを、
消化できなかっただけで、誰のためでもない、ただ自分のためだったから。

H先輩は、それだけが原因じゃないんだろうけれど、精神的にかなり辛くなっていって。
今でいう、メンタルヘルスってヤツだったんだと思う。
ちょうど、仕事もしんどい状況だったのかもしれない。
私は新人だったから、仕事のこともよく分かっていなかったから、難しいこと考える余裕もなく、
そもそもそんな思慮深い性格でもなかったから、ノウテンキに目の前のことで生きていられて。

私たちは、被災地に思いを馳せて、何もできないことに罪悪感を抱いたりする。
でも、違う。
違うと思ってた。

まず、自分の今、を生きること。それがどれだけ、大切で尊いことか。
現地に行かない支援、があります。

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2016.04.18 Mon l 日常 l コメント (0) l top

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