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SNS、Face bookとかインスタとかは、
繋がっている方々に否応なく発信したものが垂れ流されるので、
それなりに目的をもって節度をもってアップしているのですが、
ブログはわざわざアクセスして来られた方しか読まないという大前提なので、
敢えて、コメントも受け付けず、好きなことを垂れ流されてもらっています。

いつか息子を遺して先に逝く時に、読んでもらえたら嬉しいなあという、
ちょっとうざい、いやかなりうざい、おかんの押し付け的な自己満足と、
直近では、飛び回っててあまり会えないスタッフ達への言い訳と、
お仕事で御縁をいただいた方がもし気が向いてアクセスしてくださったら、
「松下直子、セミナーではえらそうにゆうてるくせに、日常はけっこう、
かっこ悪いじゃん」と思ってもらえたらいいなあという罪悪感の払拭と、
何より、自分が見返したときに、また自分を知ることになる忘備録とのために。
今日は一番最後の目的で、いくつか書き留めておきたいと思うことを。

キレイごとなんかだけじゃ、生きていけないことも重々承知です。
それでも、わたしら人事屋が、きれいごとを語れなくなったら、
世の中は終わりだとも心の底から思っているので、キレイごとです。


■大切なもの

起業した直後、まさに寝食を忘れて仕事をしていました。
今思えば、自分に対するパワハラです。笑。

友達のゆいちゃんが「自分を大切にしなさい」と言いました。
どうやったら自分を大切にすることになるのかがわからなかった私に、
ゆいちゃんは付け加えました。
「そうねえ、何か、大事にしているものはある?
 まずはそれを大切にしてご覧。
 それは自分を大切にしていることになるから」
その時、ぱっと思いついたのは、当時、大切に使っていた、
100円のジェットストリームというボールペン。
替え芯を何度も何度も変えて、何年も使っていました。
なんだか相性のいいボールペンでした。
だから、そのペンを今まで以上に大切にすることから始めました。

今思えば、あそこから私は大きく変わりました。
ちょっと自分を大切にし始めると、少し、他者も大切にできるような気がしました。
逆に言えば、
自分のことも大切にできないような人が、人のことなんか大切にできるわけもなく。
そんな些細にことに気が付きました。

そして、そうか、他者を大切にするということは、
その人そのものを大切にすることではなくて、
その人が大切にしているものを大切にすればいいんだ。
ということにも気が付きました。

手始めに、陸上にすべてを注いでいた息子をちやほやせず、
息子の大切な陸上への気持ちを大切にしてみました。
すると、今までも仲は悪くはなかったんだけど、
息子となんとなく、もっといい関係になれたような感触がありました。

だから、セミナーでも、実感をもって、
その人そのものを大切にするのではなく、その人の大切なものを大切に。
と、恐らくこの10年くらい、お伝えしつづけてきました。

今、気が付くと、私の大切なものを、大切にしてくれる仲間に囲まれています。
何だ、私は大きな大人になってから気が付いたことなのに、
私の周りにいる方々は、そんなこと、とっくに知ってたのかと思います。笑。

そして今。
何かあると、
「なおちゃん、ちゃんとご飯食べてる?」とか「なおなお、寝てる?」
と聞いてくる友達たちがいて、
「あれ?私そのものを大切にしてもらっても、嬉しいな」と思ったりもします。

いずれにせよ。私は、いろんなことに気が付くのが遅いようです。


■決めるのは、誰か

自分の人生は自分が一番評価をしたらいいことですが、
人から見える自分もやっぱり自分。

特に仕事で、「頑張っています」
という人がいるけれど、頑張っているかどうかは、周囲が決めること。
基準は、自分ではなく、世間にあるわけです。

でも、私はやっぱり、「よく笑う人」と、言われたいから、
笑っていようと思います。
まさに、「わろてんか」。
てんちゃん、確かによう笑ろてる。目指せ、てんちゃん。


■半ば

目標をもって生きろだとか、目的意識が大切だとか、
仕事をしているとどうしても、そんな言葉を聞かざるを得ません。

でも、赤ちゃんは、目的なんてもって生まれてこない。
意思もなく、この世知辛い、なかなかに過酷な社会に、
ある日突然、放り出されるのです。
そして物心がつくと、大きくなったら何者かになりたいと夢を語ります。
大人になると、これがあれが欲しいとかいう欲をかなえ始めます。

でなければ、人生は相当に長く、それでいて、
ぼーっと過ごしていると、あまりに無意味になりそうな気もします。

私に老後があるかどうかはわからないけれど、
世間でいうところの人生の折り返しを過ぎて、思います。

人生は何を為したか、ではなく、
逢ってよかったと思える方に一人でも会えたかどうか。
たった一人にでも、逢えてよかったと思ってもらえたかどうか。

そう思えたら、人生は案外、短いものなのかもしれません。


■最後を最初に

友達のまりさんに言わせると、人間は近い方が難しいそうです。
だって、友達は選べるけど、
親は選べない、子は選べない。
上司は選べない、部下は選べない。
配偶者は選べるけど、10年20年、同じ時を越えて行かねばならない。
時とともに人は変わりうるそうな。苦笑。

天下国家や人間愛を語ることは、案外かんたんなこと。
でも今、目の前にいる友に、近くにいる仲間に、 最愛の家族に、
今日が人生最後の日だとしたら、私は悔いのない言葉を伝えていたか。
また次があると、当たり前に思っていなかったか。
人生の最後に伝えるであろう言葉を、今日伝えなきゃ。


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2018.02.13 Tue l 日常 l top